現在ラグタイムでは、ステーキやローストビーフのつけ塩として、フランス・ゲランドの海水塩とドイツの岩塩の2種類をお出ししております。今まで数多くの塩を味見した中で、最も和牛との相性が良いとの判断で、現在はこのラインナップにしております。
海に国土を囲まれた日本は海水塩の宝庫のようにも見え、わざわざ海外の海水塩を使わなくても良さそうなものですが、明治38年から100年近くもの長い間、塩の専売法が施行されており、品質の高さよりも価格と供給の安定が優先されてきました。この法律が廃止され、高品質を目指した製造や販売が完全自由化されたのは2002年とつい最近のことなのです。日本でも専売法が施行された明治中期以前には、伝統的な塩製法が行われていましたが、土地が狭く、雨も多く多湿なため、太陽光と風で、凝縮した海水や塩田を結晶化させる天日塩製法は、ほとんど行われていなかったようで、海水から濃度の濃い塩水を抽出し、煮詰めて塩を作る方法が発展していたようです。これに対しフランス・ゲランドの海水塩は、パリュディエと呼ばれる塩職人が塩田を管理し、太陽と風と人力だけで海水から塩を結晶化させて作られています。数世紀も前からの技術と伝統的な木製の道具を使って作られる高品質の天日塩で、天然の苦汁「にがり」等、様々なミネラル(マグネシウム、ナトリウム、カリウム)を豊富に含むので、複雑でまろやかになり、繊細な味わいを楽しむのに向いています。また非常に溶けやすく馴染みやすいので、調理に向き、サラダやスープにもこの塩を使用しております。またご好評をいただいております山椒の塩漬けもこちらの塩を使用しております。
一方の岩塩は、大昔、海や湖だった場所が地殻変動などにより、陸地に閉じ込められ、水分が蒸発し、結晶化したもので、日本国内では産出されていません。1億年以上もの長い間、地層の下に隠れていたため、苦汁「にがり」を含んでおらず、ストレートな塩気が持ち味です。苦汁「にがり」は名の通り刺激性が強くとても苦いので、その苦味のない分、甘ささえ感じられます。また溶けにくく、馴染みにくいので調理には不向きとされますが、それゆえに存在感が残り、塩味が印象的になり、お肉の強い味わいにアクセントをつけるといった特性も持ちます。
両者の特徴のを分ける苦汁「にがり」は一時ブームになり、健康的なイメージがありますが、豆腐の製造工程からも明らかなように、動植物の蛋白質を凝固させる働きがあります。過剰な摂取は、蛋白質からなる人間の内臓の硬化や機能低下を指摘する説もありますし、苦汁「にがり」の主成分であるマグネシウムは医薬品では下剤です。下痢等の健康被害の可能性にも注意が必要です。もっとも、マグネシウムが現代人に不足しがちな栄養素であることも確かですし、尿や汗と一緒に体外に排泄されやすい栄養素なので、通常の食品からとる範囲では取り過ぎの心配はないとのことですが、苦汁「にがり」そのものやマグネシウムのサプリメントなどの場合、過剰摂取には注意が必要と言われています。
江戸時代の日本では、海水から得られた塩をカマスと呼ばれる藁でできた袋のようなものに詰め、縁の下ですのこに載せて夏の間寝かしておいたそうです。湿気の多い季節のため、塩の中に含まれる塩化マグネシウムなどが空気中の水分を吸って潮解します。さらに吸湿がすすむと、液体として苦汁「にがり」がしたたり出てきます。この苦汁「にがり」成分をしたたり出させる工程を「枯らし」といって、よく「枯らし」た塩は、味がまろやかになり、「甘塩」として高価で取引されたといいます。こうした苦汁「にがり」を排出することによる美味追求と塩化マグネシウムからの健康被害の回避を両立させる、中庸ともいうべき素晴らしい逸品が経験則的に作られていたというのは驚くべきことですが、残念ながら現代の日本では製造されておらず、ラグタイムとしては今の所、上記2種類の塩に行き着いた次第です。それぞれ特有の個性を持つ素晴らしい塩ですのでお肉との相性や、2種類の違いを楽しんでいただきたいと考えております。