母親が近くに行って見ると、水が残り少なくなった水溜まりに、 オタマジャクシが何十匹も集まっ て、「バチャ、バチャ」と音を立てて苦しんでいました。オタマジャクシは、田の水がなくなると息ができなくなり、死んでしまうのです。三太は、苦しくて助けを求めているオタマジャク シを、家から持って来たオタマと両手を使ってすくい取って、バケツの中に入れていたのです。母親は、理解できました。三太は田干しをしている田んぼに行って、水の中で苦しんでいるオタマ ジャクシをバケツに入れていたのです。そして、そのバケツを自分の家の田んぼまで運んで、放してやっていたのです。両親は、三太が田の中の生き物 を大切に育てて熱心に観察しているので、除草剤や殺虫剤などの農薬を一切使わずに稲を育てていたのです。そして、常に田んぼの中には、生き物が生きられるように水を入れ続けていたのです。三太の家の田んぼには、夏になっても 常に水が満たされ、オタマジャクシやミジンコやヤゴやタニシなどが泳いだり、浮いたりして、あふれていたのです。その田んぼに、バケツに入れた オタマジャクシを何回も運んで放している三太がいました。それは、ほぼ毎日の作業で、この時期には三太はほとんど学校には行っていません。学校の先生は心配して、両親に 電話して来るのですが、両親は三太の行動を理解していたので、「私達が面倒を見ているので大丈夫です」そう言って、無理に学校に通わせようとはしませんでした。三太の机とイスは、さみしそうに三太が帰ってくるのを待ち続 けています。三太は、昼も夜もオタマジャク シを救うのに忙しく、救った後は 田んぼに放していたので、三太の家の田んぼにはオタマジャクシが増え、たくさんの生き物が生き生きと泳いでいるようになりまし た。夏が来て、オタマジャクシがカエルに変身し、稲の葉の上に取り付く季節になると、今度は田んぼの中で育ったヤゴがトンボに変わって大空に飛び立ち、三太の田んぼの上が真っ黒になるほど舞って います。トンボの上空には、ツバメ連が飛び交っていました。三太は、たくさんのカエルやトンボやツバメ達に囲まれて楽しそうに土手を歩き、大空を見上げて いました。
三太が中学一年になった春、学校には大学を卒業して初めて、駒城中学校に赴任してきた新人の女性教師、文(あや )先生が着任しました。この新任の先生は「生物」の研究をしていました。特に農村の水 田の生き物について研究を続けて おり、水田地帯の学校を希望して 赴任してきたのです。今日も放課後、駒城村の各地区の田んぼを観察していたところ。たまたま田んぼの畔で水の中を見 つめている三太に出会いました。先生は、畔に座って田の中を見つめている三太に興味が湧いて声をかけました。「あれ、三太くんじゃないですか。何を見つめているの?」文先生は質問しました。「うん、田んぼの中のオタマジャクシを見ています」三太が答えました。「へぇ、オタマジャクシを?おも しろいの?」文先生が聞くと、「うん、おもしろいです。今日は オタマジャクシに足が生えてきました」三太は、田んぼの中を見つめながら答えました。「えっ、どれ?」 先生と三太は一緒に足が生えてきたオタマジャクシを見つめています。「あっ、こちらのオタマジャクシ にも足が生えてきてる! こちらの生き物はヤゴ??」「うん、トンボになる前のヤゴかな」笑顔になって三太は答えまし た。三太にとっては、話ができる初めての友達ができたのです。三太と先生は、田んぼのこと、稲のこと、田んぼで生きている虫たちのことなど、たくさんの話をしました。先生は、三太が田んぼの生き物を好きなこと、人が知らない生き物の生態について詳しいことに驚き、三太は先生が田んぼの生き物について熱心に研究し、知りたがっていることに驚いています。二人は長い時間、田んぼの中を見つめ、生き物の話をしました。「三太君、オタマジャクシが全部、 カエルになるのはいつ頃?」先生が三太に質問しました。「うん、去年は八月七日の日には 全部のオタマジャクシがカエルになったよ」三太は答えて、持っていた観察日誌をめくって確認していました。先生と三太は、甲斐駒ヶ岳に夕日が沈むまで語り続けているので した。
