『レストラン』の語源は、フランス語で『回復させる場所』だそうです。18世紀のフランスの一般的な外食は、大皿盛りの料理を大テーブルに並べ、それを見ず知らずの客同士が取り分けながら食べるという衛生的とはいえない、ストレスを感じる形態であったようです。
当時パリでは急速な都市化によって、精神的にも肉体的にも体調を崩す人達が急増し、そうした人達のために栄養価が高く、消化にも良い、健康を増進させるような料理を中心に、衛生的な環境で提供され、さらに客ごとに個別のテーブルが用意されているような当時一般的ではなかった新しい業態が発生し、これを『レストラン』と呼んで旧来の外食業態と区別したそうです。 こうして種々のストレスをなくして料理を食べることが、いかに快適かということを人々が知ることになり、これが流行となって『レストラン』は体調を崩した人の外食の場としてだけではなく、一般の人々の娯楽・社交の場として広く普及していったようです。正に「当たり前」が覆った好例であり、約300年後にあたる現在の飲食店の原型と言えます。
鎖国、戦争を経て、戦後は高度経済成長と共に欧米から様々な文化・食を始めとした生活スタイル・ファッション・音楽・映画等が日本に入ってきました。
私共は、古き良き日本の文化とともにそれらを享受し、成長してきた世代です。落語や歌舞伎がスタイルを変化させながら伝統を守っているように、料理の世界に携わっている私共も、世界中の様々なエッセンスを採り入れながら、かつての天麩羅・牛鍋・ビフテキ等がそうだったように、既成の枠に囚われることなく自由な発想で日本人のアイデンティティを尊び、スタイルを変化させながら日本固有の食文化の伝統を次の世代に繫げる一役を担えればと考えております。
デジタル化・コロナ禍で様々な常識が覆るのを肌で感じながら、自分達の考える新しい業態を模索しながら、進化を続けるレストランを目指します。
この年になったからでしょうか。時間には限りがあると痛切に感じております。コロナ禍の新しい生活様式も経験し、飲食店での食事のあり方についても「当たり前」を覆してもよいのでは!と考えます。
お客様にとっても、私共にとっても、「2時間」という限られた時間。
過去の経験をもとに考え、今のところ辿り着いておりますのは、「その場でメニューを選ぶのに迷ったり、料理ができるのを待ったりではなく、予約制・貸切制にて決まったコースを万全の準備のもとに提供させていただくことで、限られた時間の中、専有できる空間で可能な限り食べる・飲む・寛ぐ・会話をすることだけに集中して愉しんでいただける」スタイルのレストランです。
(もしかしたら300年後には「当たり前」のビジネスモデルの原型になっているかもしれません!)
里山牛について
「美味しい牛肉を食べる!」
という時、どんな基準でお肉やお店を選びますか?
ラグタイムでは長きにわたってA5等級の黒毛和牛の雌にこだわってまいりました。
「とびきり柔らかくて甘い」からです。
29年間、お客様からのご感想も7割以上は「柔らかい!」でした。
ほとんどの日本人は牛肉選びの際に「柔らかさ」を最重視しているのだと思います。
私どももかつてはそうでしたが、現在は
「柔らかくて甘いだけの和牛」から、「柔らかいだけでなく、味わい深い、価値の高い和牛」に注目し、お客様にも知っていただき、思い出に残る味を味わっていただきたいと考えております。
日本が世界に誇る芸術品ともいうべき、脂が乗って、味がよく柔らかい肉質の「黒毛和牛」と、草食動物である本来の牛の素晴らしさを持つ「グラスフェッドビーフ」のいいとこ取りを、「鹿児島の耕作放棄地の草を経産牛の再肥育に活用する」という画期的な取り組みで目指されている「里山牛」と出会い、その素晴らしい理念と合理性に強く共感して2023年の後半より、この「里山牛」に徐々にシフトし、最近になって完全にこちらに切り替えました。
最大の理由は「味の濃さ」です。
穀物肥育の一般的な黒毛和牛は確かに甘さがあってたいへん柔らかいのですが、和牛本来の「味の濃さ」では「里山牛」に軍配が上がるように確信しております。「味の濃さ」の理由は、「経産のグラスフィニッシュ」にあります。
その他、以下5つの理由もあります。
①耕作放棄地での放牧により、野草がなくなることで有害鳥獣の住処がなくなり、近隣の農作物の被害が減少、また牛の排泄物が有機肥料として田畑に還元、再生した田畑で牧草や農産物を生産し、耕作放棄地を蘇らせるという、サステナブルで循環型の取り組みを応援し、日本各地の農村が抱える問題解決への一助となりたいと考えております。実際に商うだけでなく、このことを広く発信していきたいと考えています。
②グラスフィニッシュの和牛を使用することにより、味だけではなくより高い栄養価のお肉をご提供できます。
③肥育する際の飼料です。里山牛は耕作放棄地の野草と自家製飼料のみで肥育されており、海外から輸入される濃厚飼料・成長ホルモン剤等は一切不使用なので安心ですし、今般の円安のように為替等の国際情勢によって供給が左右される心配もなく、高額を投じて仕入れをしても国内にお金が循環するという利点もあります。
④私共が起業した30年前と比較し「A5等級」の肉質自体も変化しています。
⑤牛が感じるストレスが味に与える影響も考慮しております。結局は屠畜して食べてしまうわけではありますが、生きている間、ストレスフリーであることが、品質に与える影響は大きいと考えます。
「里山牛」に切り替えた経緯
15年ほど前から、本来草食動物である牛に穀物を食べさせ、運動させないことによって美しい霜降りと柔らかい肉質を獲得することには、漠然と疑問を感じておりました。
しかしそれに替わる、例えばニュージーランド産のグラスフェッドビーフや北海道産の牧草肥育の短角牛等を試してみましたが、その時点では穀物肥育には遠く及ばない印象を持ちました。
お店でのほとんどの需要は、いわゆる「ハレの日」であるため、和牛にまつわる本質であったり、健康に与える影響よりも、食べていただく瞬間の美味しさとインパクトを重視するべきだと考え、長年使い続けてきたものを替えるという決断には至りませんでした。
先のコロナ禍で、私共も苦しい環境に置かれましたが、当たり前と考えていた日常や、常識について再検討をする良い機会になったというのもまた事実です。
忙しさに追われ、ただ日常を繰り返す毎日ではなく、「本当にこの方法で良いのだろうか?」との自問自答を繰り返す日々が続きました。
そんな中で、世界情勢や国力の低下に起因する急激な円安による原料・肥料・飼料の高騰を目の当たりにし、国内自給率や日本の食糧生産現場に貢献する必要性を強く感じ、これまで使用してきた海外の銘醸ワイン(こちらは断念いたしました)や調味料等を、国内産のものに変更する取り組みに挑戦してまいりましたが、「メイン商材である和牛は、確かに国内産であることは間違いないが、飼料のデントコーンはほぼアメリカ産であり、もしもその供給が寸断された場合、生産ができなくなってしまうものが果たして国産と呼べるのだろうか?そもそもアメリカ産のデントコーンは遺伝子組換えである可能性が高く、それらを食した動物を食すことによる危険性はどうなんだろうか?」との疑問が日に日に強まっておりました。
また、20年来の仕入先の業者様とも、この数年ほど何となく味をはじめサイズや内容に微妙な変化を感じている、とのいう話もよくしておりました。
加えて予防栄養学をはじめ健康関連の記述等で、グラスフェッド・ビーフを推奨する文章等に触れる機会も多くあり、やはり「牛は本来草食動物である」との原点に帰り、輸入飼料が寸断されても生産を続けることのできる安全な商品の仕入れへの転換に今一度取り組んでみようと、その仕入先様に事情を伺ってみたところ、接点がなく現状では厳しい、との回答でした。
そこでインターネットを中心に調べを進めていくうち、2022年2月に鹿児島県で黒毛和牛の経産牛を牧草で再肥育する取り組みをされている「里山牛」とめぐり逢いました。
素晴らしい理念のもとで運営されていると感じ、早速サンプルを頂いて食べてみました。A5の肉を食べ慣れている私共にとって、A2のサーロイン・ウチモモはやや硬く、脂の乗りもややもの足りないものの、しっかりとした深い味わいを感じました。さすがに本業のメイン商材をすぐさま、すべてこちらに方向転換するという決断にまでは至りませんでした。しかし素晴らしい取り組みであり、味もしっかりと濃いので、部位と加熱調理法に配慮すれば行ける!と確信を持ちましたので、当時試作中だったレトルトの「君に届けるカレー」において「バラ肉」を採用させていただきました。こうして取引が進むうち、めったに出ないA3等級の、希少部位であるサーロインもご案内をいただけるようになりました。試食してみると、とても深い味わいで感動し「この肉は、多くのお客様の記憶に残る味になるに違いない」と確信いたしました。
経産牛とは、出産を経験したことのある雌牛のことで、グラスフィニッシュとは高齢の経産牛を耕作放棄地などで放牧して野草などを食べさせて再肥育して仕上げることです。かつては「霜降り肉に比べて肉質が劣る」とされていた経産牛ですが、近年では、繁殖の役目を終えてから食用牛として飼育し直すことで、いわゆる霜降り肉とはまた違う、旨味が凝縮された味わい深い赤身牛肉に仕上がるとして、注目を集めています。これまで日本でA5等級を取るような良質な牛肉とされてきたのは、去勢した雄牛や未出産の雌牛などを穀物肥育で運動させずに肥育し、脂の乗った柔らかい肉でした。一方肉食の先進国であるフランスでは、しっかりとした味わいと歯応えのある赤身肉が好まれることから、経産牛が昔から高く評価されてきたそうです。放牧することで筋繊維も発達するため味が濃くなりますし、そもそも「旨味」の素とされる「遊離アミノ酸」は脂肪部分ではなく、赤身の部分に含まれる物質なのです。脂肪の部分の素晴らしさは「味」ではなく焼いた時に発生する「香り」です。
ただ経産牛×放牧によるデメリットは、どうしても肉質が硬くなりがち、ということです。
このためラグタイムでは肉質が柔らかく、適度に脂も乗り、最もステーキに適しているサーロインのみに部位を絞り込み、芯の部分のみを、脂身と筋を外して提供しております。またこの放牧・グラスフェッドの特性を活かせる火入れについても試行錯誤を繰り返し、ようやく納得の行く手法にたどり着きました。
また、外した脂身は焼き脂・揚げ脂として活用し、筋がかんだ硬い部分は、芯よりも味が濃く旨味も強いので、細かく刻んで炊き込みご飯に使用しております。
里山牛の栄養価
まず脂肪分が少ない赤身がちなので蛋白質を多く含みます。しかし脂も乗っていますが、穀物肥育の黒毛和牛と違いエサである牧草由来のオメガ3脂肪酸を多く含みます。DHAやEPAなど、エサが植物性のプランクトンである青魚にも同じように豊富に含まれており、血液サラサラ効果・抗炎症作用が期待できます。このため健康によいのはもちろんですが、和牛の牛脂の素晴らしい香りを愉しめるのに非常にあっさりと召し上がっていただけます。
脂肪の色が若干黄味がかっているのはβカロチン多く含んでいるためです。
その他コレステロール・飽和脂肪酸が少ない。ビタミンB(チアミン)・C・E(αトコフェロール)・カルシウム・マグネシウム・カリウム・亜鉛・共役リノール酸・タウリンも豊富に含む等、枚挙にいとまがありません。
「A5等級」の変化
和牛の等級は1991年に開始された制度で、当時「ガットウルグアイ・ラウンド」の合意により、米・豪からの牛肉の輸入が解禁された際、日本の畜産農家を守るために制定されました。卓越した霜降り牛肉の価値を保全するための仕組みで、この施策は大成功を収めました。
ただこの等級は味等ではなく「歩留まり」と「見た目の色沢による肉質」に対する評価です。そもそも相対評価である「味の良さ」を等級で示すこと自体に無理がありましたが、30年前は、本当に美味しく、優秀な牛でないと獲得できない等級でした。
それ以前は、生産現場も学術関係者も「どうしたら味の良い牛肉が作れるか?」を目指した研究だったのが、この時期以降「どうしたらA5等級が作れるか?」と目的が変化し、この30年の間に肥育技術や飼料配合がある意味で劇的な進歩を遂げ、容易に「A5等級」が獲得できるようになりました。今や流通する黒毛和牛の約半数が「A5等級」です。その反面全てが素晴らしい品質というわけではなくなり、「A5等級」の中から高品質なものを選ぶ必要が生まれてきました。そうした現状にあって、現在では生産者・流通業者・飲食店・消費者ともに多様性が求められる時代に突入していると考えております。
牛が感じるストレス
本来牛は草食動物なので、草を消化する機能は生まれつき持っていますが、穀物を消化する機能は持ち合わせていません。先の「A5等級」と柔らかい肉質を獲得するため、日本の和牛は穀物を与えられ、筋繊維が発達して固くならないよう、柵に閉じ込めて動けないように肥育するのが一般的です。この方法で肥育された牛は確かに甘く柔らかい肉質を持つ「A5等級」になりますが、世界中で牛に穀物を与えて肥育するのは牛肉を「大ご馳走」と捉えている日本とアメリカだけで、一部日本やアメリカ向けの輸出用にオーストラリアで行われているようですが、その他の地域で、牛はゼロコストの草を良質な蛋白質に変えてくれる優秀な哺乳類との認識で捉えているようです。
コストをかけた穀物肥育は消費者都合の行為であり、牛にとっては大きなストレスになるはずで、苦しいことのようです。(直接聞いたことはありませんが)
アニマル・ウェルフェアの観点も勿論ですが、私共は料理屋ですのでそれ以上にストレスがどの程度味に影響するのかということも重要な点です。もちろん数字等で明確にすることはできませんが、こんな話があります。パリで最も人気のあるお肉屋さんでコロナ禍前まで東京の恵比寿にも出店していたユーゴ・デノワイエ氏は、「牛のストレスが味に大きな影響を与える」として出荷時に屠畜場のトラックではなく、牧場のトラックでの出荷を求めているそうです。かつて和牛の生産農家を訪れた際聞いた話では、牛たちは屠畜場から来るトラックのエンジン音を聞き分け、異常に反応するとのことでした。生存本能から来るのでしょう。同じ車種のトラックの音を人間は聞き分けることはできないと思います。
ヒノヒカリについて
熊本県水上村、市房山の麓の水のきれいな山間部で、稲作農業を営む川内農園さんから送っていただいております。
美味しいお米であることは勿論ですが、もともと精白する際に発生する糠で自家製の糠漬けを作るため、安全性を考えて無農薬・無肥料栽培のお米を探していてめぐり逢いました。
一般に肥料を与えると稲は肥料を吸収するため横に根を張るそうです。肥料がないと稲も生きていくために養分を求めて縦に深く根を張るため、複数の地層を通過し、複数種類のミネラルを吸収し味も栄養価も良くなり、台風などに遭っても倒れにくくなるそうです。
季節の野菜サラダ
急激な血糖値の上昇を防ぐ低GIの野菜から召し上がっていただき、お食事の序章を組み立ててまいります。
サラダを構成する野菜は、季節を感じていただける新鮮なものを可能な限り地元の直売所等から仕入れ、和洋を問わず丁寧な手法で下ごしらえを施した上で、たっぷりと召し上がっていただきます。
この序章のもう一つの狙いは、「肉食」が最重要来店目的であるお客様が、はじめにたっぷりの野菜を食べていただくことで、「野菜、美味しいね!・・・ん?でも肉を食べるために来たんだけどなぁ?」という体の状態で召し上がっていただくお肉が、一番美味しいというところにあります。肉の処置や焼き方も研究を重ねておりますし、素材も吟味しておりますが、最も重要なファクターは、“食べ手の状態”であると考えるからです。
里山牛サーロインステーキ
こちらは主に西洋料理の手法を用いて、お肉のど真ん中を直球勝負で火入れいたします。盛り付けは食べやすいように包丁を入れ、お箸で召し上がっていただきます。付け合せの野菜や何種類かの薬味のほか、卓上には熱した富士山の溶岩もご用意いたしますので、お好み加減の火入れをしたり、少し炙って香りを立たせたり、といったバリエーションもお愉しみいただけます。
お食事
美味しいお肉というのは、ど真ん中以外の部位も美味しいものです。このような部位は丁寧に細かく刻んで日本料理の手法を用い、消化吸収に配慮して、また食感の違いも楽しめるように白米と玄米を3:1の割合でブレンドし、野菜や昆布出汁と共に土鍋で炊き込んだご飯として活用しております。その際ご飯と共に国産有機大豆を使用した自家製味噌で作る、たっぷりのミネラルを含んだあおさの味噌汁と、精米時に発生する米糠を活用した自家製の糠漬け等の発酵食品を召し上がっていただくことで整腸していただき、爽やかな食後感を味わっていただけるよう設計しております。