15年ほど前から、本来草食動物である牛に穀物を食べさせ、運動させないことによって美しい霜降りと柔らかい肉質を獲得することには、漠然と疑問を感じておりました。
しかしそれに替わる、例えばニュージーランド産のグラスフェッドビーフや北海道産の牧草肥育の短角牛等を試してみましたが、その時点では穀物肥育には遠く及ばない印象を持ちました。
お店でのほとんどの需要は、いわゆる「ハレの日」であるため、和牛にまつわる本質であったり、健康に与える影響よりも、食べていただく瞬間の美味しさとインパクトを重視するべきだと考え、長年使い続けてきたものを替えるという決断には至りませんでした。
先のコロナ禍で、私共も苦しい環境に置かれましたが、当たり前と考えていた日常や、常識について再検討をする良い機会になったというのもまた事実です。
忙しさに追われ、ただ日常を繰り返す毎日ではなく、「本当にこの方法で良いのだろうか?」との自問自答を繰り返す日々が続きました。
そんな中で、世界情勢や国力の低下に起因する急激な円安による原料・肥料・飼料の高騰を目の当たりにし、国内自給率や日本の食糧生産現場に貢献する必要性を強く感じ、これまで使用してきた海外の銘醸ワイン(こちらは断念いたしました)や調味料等を、国内産のものに変更する取り組みに挑戦してまいりましたが、「メイン商材である和牛は、確かに国内産であることは間違いないが、飼料のデントコーンはほぼアメリカ産であり、もしもその供給が寸断された場合、生産ができなくなってしまうものが果たして国産と呼べるのだろうか?そもそもアメリカ産のデントコーンは遺伝子組換えである可能性が高く、それらを食した動物を食すことによる危険性はどうなんだろうか?」との疑問が日に日に強まっておりました。
また、20年来の仕入先の業者様とも、この数年ほど何となく味をはじめサイズや内容に微妙な変化を感じている、とのいう話もよくしておりました。
加えて予防栄養学をはじめ健康関連の記述等で、グラスフェッド・ビーフを推奨する文章等に触れる機会も多くあり、やはり「牛は本来草食動物である」との原点に帰り、輸入飼料が寸断されても生産を続けることのできる安全な商品の仕入れへの転換に今一度取り組んでみようと、その仕入先様に事情を伺ってみたところ、接点がなく現状では厳しい、との回答でした。
そこでインターネットを中心に調べを進めていくうち、2022年2月に鹿児島県で黒毛和牛の経産牛を牧草で再肥育する取り組みをされている「里山牛」とめぐり逢いました。
素晴らしい理念のもとで運営されていると感じ、早速サンプルを頂いて食べてみました。A5の肉を食べ慣れている私共にとって、A2のサーロイン・ウチモモはやや硬く、脂の乗りもややもの足りないものの、しっかりとした深い味わいを感じました。さすがに本業のメイン商材をすぐさま、すべてこちらに方向転換するという決断にまでは至りませんでした。しかし素晴らしい取り組みであり、味もしっかりと濃いので、部位と加熱調理法に配慮すれば行ける!と確信を持ちましたので、当時試作中だったレトルトの「君に届けるカレー」において「バラ肉」を採用させていただきました。こうして取引が進むうち、めったに出ないA3等級の、希少部位であるサーロインもご案内をいただけるようになりました。試食してみると、とても深い味わいで感動し「この肉は、多くのお客様の記憶に残る味になるに違いない」と確信いたしました。
経産牛とは、出産を経験したことのある雌牛のことで、グラスフィニッシュとは高齢の経産牛を耕作放棄地などで放牧して野草などを食べさせて再肥育して仕上げることです。かつては「霜降り肉に比べて肉質が劣る」とされていた経産牛ですが、近年では、繁殖の役目を終えてから食用牛として飼育し直すことで、いわゆる霜降り肉とはまた違う、旨味が凝縮された味わい深い赤身牛肉に仕上がるとして、注目を集めています。これまで日本でA5等級を取るような良質な牛肉とされてきたのは、去勢した雄牛や未出産の雌牛などを穀物肥育で運動させずに肥育し、脂の乗った柔らかい肉でした。一方肉食の先進国であるフランスでは、しっかりとした味わいと歯応えのある赤身肉が好まれることから、経産牛が昔から高く評価されてきたそうです。放牧することで筋繊維も発達するため味が濃くなりますし、そもそも「旨味」の素とされる「遊離アミノ酸」は脂肪部分ではなく、赤身の部分に含まれる物質なのです。脂肪の部分の素晴らしさは「味」ではなく焼いた時に発生する「香り」です。
ただ経産牛×放牧によるデメリットは、どうしても肉質が硬くなりがち、ということです。
このためラグタイムでは肉質が柔らかく、適度に脂も乗り、最もステーキに適しているサーロインのみに部位を絞り込み、芯の部分のみを、脂身と筋を外して提供しております。またこの放牧・グラスフェッドの特性を活かせる火入れについても試行錯誤を繰り返し、ようやく納得の行く手法にたどり着きました。
また、外した脂身は焼き脂・揚げ脂として活用し、筋がかんだ硬い部分は、芯よりも味が濃く旨味も強いので、細かく刻んで炊き込みご飯に使用しております。