本来牛は草食動物なので、草を消化する機能は生まれつき持っていますが、穀物を消化する機能は持ち合わせていません。先の「A5等級」と柔らかい肉質を獲得するため、日本の和牛は穀物を与えられ、筋繊維が発達して固くならないよう、柵に閉じ込めて動けないように肥育するのが一般的です。この方法で肥育された牛は確かに甘く柔らかい肉質を持つ「A5等級」になりますが、世界中で牛に穀物を与えて肥育するのは牛肉を「大ご馳走」と捉えている日本とアメリカだけで、一部日本やアメリカ向けの輸出用にオーストラリアで行われているようですが、その他の地域で、牛はゼロコストの草を良質な蛋白質に変えてくれる優秀な哺乳類との認識で捉えているようです。
コストをかけた穀物肥育は消費者都合の行為であり、牛にとっては大きなストレスになるはずで、苦しいことのようです。(直接聞いたことはありませんが)
アニマル・ウェルフェアの観点も勿論ですが、私共は料理屋ですのでそれ以上にストレスがどの程度味に影響するのかということも重要な点です。もちろん数字等で明確にすることはできませんが、こんな話があります。パリで最も人気のあるお肉屋さんでコロナ禍前まで東京の恵比寿にも出店していたユーゴ・デノワイエ氏は、「牛のストレスが味に大きな影響を与える」として出荷時に屠畜場のトラックではなく、牧場のトラックでの出荷を求めているそうです。かつて和牛の生産農家を訪れた際聞いた話では、牛たちは屠畜場から来るトラックのエンジン音を聞き分け、異常に反応するとのことでした。生存本能から来るのでしょう。同じ車種のトラックの音を人間は聞き分けることはできないと思います。